第四話 金木犀の残り香

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夕暮れの庭に咲く金木犀と、縁側に座る老母を息子が見守るイラスト。植木小説第四話の主題である、思い出の香りを剪定で守り、家族の絆を再び結び直す温かな再生のシーンを描写しています。
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秋の彼岸。 その家の前を通ると、息が詰まるような甘い匂いが立ち込めていた。

金木犀(キンモクセイ)だ。

「……もう、根元から切ってください」

依頼主の息子さんは、疲れ切った顔でそう言った。

庭には、二階の窓を塞ぐほど巨大化した金木犀が、黒々と鎮座している。

「近所から苦情がきましてね。匂いがきつすぎる、と。 父が植えた木なんですが、これじゃあ迷惑なだけだ」

ふと視線を感じて縁側を見ると、小さなお婆さんが座っていた。

目は見えていないようだ。 じっと庭の方を向いて、まるで何かを待っているようだ。

「母です。認知症が進んでいて、僕のことも時々分からなくなる。 でも、この季節になると言うんです。

『父さんが帰ってくる匂いがする』って」

亡くなった旦那さんが植えた木。 その香りが、彼女にとっては唯一、夫と再会できる「よすが」なのだ。

しかし、今のこの木は大きくなりすぎて、香りの逃げ場がない。 甘ったるい空気が、重くのしかかっている。

息子さんは、近所への申し訳なさと、母の記憶を奪う罪悪感の板挟みになっていた。

「旦那さん」 私は静かに声をかけた。 「切るのは、最後にしませんか」

息子さんが顔を上げる。

「今切るのは木にとって少し可哀想ですが、匂いの元になっている花ごと、枝を間引きましょう。 近所へ向かう匂いのボリュームを物理的に落としつつ、お母さんのための香りは残します」

半信半疑の息子さんを背に、私は三脚(脚立)を立てて木に向かった。

バッサリと根元から切るのは簡単だ。 でも、それでは「記憶」まで殺してしまう。

私は隣家へ向かって伸びる太い枝や、密集している枝を鋏で丁寧に外し、オレンジ色の花を雨のように降らせていった。

縁側へ向かう優しい枝だけを、計算して残す。

黒い塊だった木に、光が差し込み、向こう側の空が見え始める。

二時間後。 地面に散らばった大量の枝と花をすべて掃き清めると、ちょうど夕暮れの風が吹いた。

――ふわり。

今までのような、鼻をつく濃厚な甘さではない。 風に溶けた淡い香りが、優しく庭を包み込んだ。

それは、どこか懐かしい、秋の夕暮れの匂いだった。

「……あら」

縁側のお婆さんが、ゆっくりと顔を上げた。 見えないはずの目で、木の下に立つ息子さんの方をまっすぐに見つめる。

お婆さんの顔が、少女のようにほころんだ。

「お帰りなさい……あなた」

その声は、あまりに自然で、温かかった。

息子さんは息を呑み、そして静かに目を閉じた。

近所の目ばかり気にして、この木を「厄介者」扱いしていた自分を恥じるように。 そして、自分が今、この家を守る主(あるじ)であることを噛みしめるように。

彼はゆっくりと背筋を伸ばし、低く、落ち着いた声で応えた。

「……ああ。ただいま」

風が、透かされた枝をさらさらと揺らす。

金木犀の優しい香りが、二人を静かに包み込んでいた。

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