第二話 暴れる桜と、三年後の背比べ

「YouTubeじゃ、もっと簡単そうに見えたんですけどねえ」
依頼主の40代の男性は、頭をポリポリとかきながら、バツが悪そうに苦笑いした。
新築のモダンな家の前。 シンボルツリーとして植えられた一本のソメイヨシノが、見るも無残な姿を晒していた。
それはまるで、爆発したホウキのようだった。
太い幹が、私の背丈ほどの高さでブツリと水平に切断され、その切り口から細い枝が何十本も垂直に吹き出している。
「娘が生まれた記念に植えたんです。でも、枝が伸びすぎて隣にはみ出しそうで……。 カッコよく整えてやろうと思ったら、切れば切るほど、変な枝が出てきてしまって」
男性の視線の先には、リビングの窓にへばりついてこちらを覗いている、三、四歳くらいの女の子の姿があった。
娘の木だからこそ、綺麗にしてやりたかった。 その親心が、皮肉にも木を追い詰めていた。
私は幹に手を当てた。 樹皮の下で、水が暴れているのを感じる。
「これは『ぶつ切り』の典型ですね。木がパニックを起こしているんです」
「パニック、ですか?」
「ええ。木は、一番高いところ(頂点)に向かって養分を送る性質があります。 その行き先をいきなり断ち切られると、『命の危機だ!』と勘違いして、緊急避難的に脇から新しい芽を大量に出すんです」
男性が「変な枝」と呼んだのは、木が生き延びようとする必死の足掻きだった。
このままでは樹形が乱れるだけでなく、こんなに暴れていては花芽をつける余裕などない。
「枯れはしません。ただ、元通りにするには少し時間がかかりますよ」
「どれくらいですか?」
「三年、見てください」
男性は「三年かぁ……」と溜息をついた。
「ランドセル背負う頃ですね」
「やりましょう。まずは、交通整理からです」
私は腰のサックから、剪定鋏(せんていばさみ)を抜いた。
ここからの作業は、切るというより「選ぶ」作業だ。
無数に吹き出した細い枝の中で、将来、この木の「背骨」になれる枝を一本だけ見極める。 太すぎず、細すぎず、空に向かって素直な角度で伸びているもの。
『お前が、次のリーダーだ』
そう心で決めると、私は他の無数にある「暴れ枝」を鋏でパチン、パチンと躊躇なく切り落とした。 刃を鳴らすたび、ボサボサだった視界が開け、風が通る。
最後に鋸(のこ)に持ち替え、素人が切ってガタガタになった太い幹の切り口を滑らかに削り直し、癒合剤(ゆごうざい)をたっぷりと塗り込む。
それは、外科手術のようであり、拗ねた子供をなだめるようでもあった。
一時間後。 ホウキのようだった桜は、一本のひょろりとした枝だけを残し、随分と寂しい姿になった。
「……ずいぶん、スッキリしちゃいましたね」
男性は、あまりの変わりように目を丸くした。
「今はこれでいいんです。リーダーを決めてやれば、迷っていた養分が一本に集中します。 この残した枝が、新しい幹になるんです」
私が道具を片付けていると、リビングの窓が開き、女の子がトコトコと庭へ出てきた。
「パパ、さくらさん、はだかんぼになっちゃった」
女の子は、変わり果てた木を見て、不思議そうに首を傾げた。 男性はしゃがみ込み、娘の目線に合わせて言った。
「今は着替えの途中なんだよ。お前が一年生になる頃には、もっと大きくて綺麗な服を着るからな」
男性はそう言って、娘をヒョイと抱き上げると、残した一本の枝の高さまですっと持ち上げた。
「ほら、この新しい枝、お前と同じくらいの長さだ。 ここからどっちが早く大きくなるか、競争だな」
キャッキャと笑う娘の声と、それを見上げる父親の背中。 その光景に、私は深く一礼した。
「三年後の春、楽しみにしていてください」
トラックに乗り込み、エンジンをかける。 バックミラーの中で、親子はまだ桜の横に立っていた。
今は頼りないあの一本の枝が、やがて太い腕となり、あの親子の頭上に満開の春を広げる日が来る。
その頃には、きっと私の出番など忘れているだろう。
それでいい。 木と家族が健やかなら、職人にとってそれ以上の報酬はないのだから。

